土の力を生かし米作り
自分の手で初めて育てた米は、塩もかけずに頬張った。口に広がる甘みや香り、粒の弾力。1年の苦労が報われる喜び…。「作りたかったのはこの味や」と確信した。
初めて無農薬、無肥料で作った2004年、29歳のときの記憶はいまも鮮烈だ。以来、15年間、姫路市林田町と安富町に所有する50の田んぼで土の力のみを生かした米作りに取り組んできた。「元々農業には全く関心がなかった」という。実家は代々、手延べそうめんの生産と農業がなりわいだが、金沢大学卒業後は社会人を経て県立高校の体育講師になった。たまたま知人の紹介で参加した自然農法の勉強会で農業の奥深さに興味をそそられ、勤務の傍ら米作りに挑戦。その味は転身の意志を固めるのに十分だった。
「体育会系なので」と最初は手押しの除草機で草取りにかみ、「農法を確立するのに10年は費やしました」。除草作業に手間はかかるが、土本来の栄養を吸収した稲は根強くなり、害虫も寄りつかない。
絶滅危惧種のタガメをはじめ、カエルやトンボ、ツバメなど豊かな生態系が保たれる。
毎年、親子向けに田植えや稲刈りの体験会、生態系調査も行う。市の認定農業者となり、活動を認められて行政の賞も受けた。それでも、高齢化が進む農業の未来に危機感ばかりが募る。
「米はお金を出せば買えるという意識が強まっている。汗水垂らして米を作る行為の尊さを知って欲しい。それが日本人のDNAと思うから」(井沢 泰斗)